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「囲い込み」からの解放を目指して

●「囲い込み」

人間の欲望とは,言い換えれば「囲い込み」といってもよい。自分の領域,所有物を囲い込んで,その中を自分の思うように形作り,整備したいという切実なものである。

茂木健一郎氏のエッセイ『「脳」整理法─世界に開かれたプロセスとしての脳の整理─』(『わたしの整理術』より(岩波書店,2003))を読んでいるときに,その文章が出てきたのでハッとした。まさしく,人間は所有物が多ければ多いほど,それが存在する自分の「家」,「村」,「組織」を囲い込もうとするのである。

●組織の目的と「囲い込み」という病理

もともと組織とは,個人ではできないことを実現するために作られたものであったはずである。田尾雅夫氏が『会社人間はどこへ行く─逆風下の日本的経営のなかで』(中公新書,1998)で指摘するように,強い個人というのには限界があること,さらには組織に依存し過剰なまでの貢献を厭わない個人によって,組織の基盤が維持されうるということも確かであろう。サラリーマンの場合には自分の会社を考えればすぐに気づくことである。医者という職種は組織というものを捉えることが難しいかもしれないが,大学「医局」と医局員の関係を考えればよい。

しかし,太田肇氏が『囲い込み症候群─会社・学校・地域の組織病理』(ちくま新書,2000)の中で指摘するように,そのような組織がいつの間にかその目的からはずれ,組織が個人を縛る「囲い込み」に陥る病理に陥っていることには納得してしまうし,一部の組織でそれが強化されつつことには唖然としてしまう。囲い込まれているのはものや知識だけではない。構成員こそその最たるものだ。

自分の領域(例えば,自分の専門領域や所属組織)を持つことを否定するわけではないし,逆にそれは生きていく上で必要なことだと思う。ただ,この情報化社会において,それを「ここまでは自分の所有」とすること,つまり「囲い込む」ことが可能なのかどうかは甚だ疑問だ。むしろ,逆効果なのではないかとも思う。

●情報化社会における「囲い込み」の無意味  

インターネットをはじめとする情報化社会においては,知識や人材を囲い込むことによって他よりも優位に立つ時代はすでに終わりを告げている。茂木氏は,もはや人間にとって「所有すること」よりも「志向すること」のほうが大切な時代になってきている,と喝破している。つまり,保有することよりも,自分の持っているものや所属する組織を活かして,何をするのか,何をしたいのか,という志向こそが大切になってきているのである。

すでに,若者の間にはそれが芽生えている。その芽は急速に広まっていくはずだ。組織上層部の意向ですべてが決まり,組織一丸となって物事を達成していく時代の終演である。

今や,知識や人材を囲い込むことよりも,逆にそれらを「解放」すべきなのだ。ただし,結びつきは失ってはいけない。先述したように,個人の力には限界があるからだ。そのためには,ゆるやかなネットワークを組織することが必要だ。解放されながら,どこかで結びついているというゆるやかなネットワークこそが,今の組織には必要なのだ。いろいろな専門家の意見(年齢や肩書きの有無は無関係)をうまく取捨選択しながら,組織にとっても個人にとってもいい方向に結びつけていく,という発想だ。とくに「囲い込み」行われている組織においては,それが今最も必要なのである。

●自分自身の解放を

一方,組織の構成員も精神的に自立できるようにならなければいけない。現代において,組織は個人のすべてを守ってくれないし,それをしようと思ってもできない。組織に全面依存すること(「囲い込まれること」に甘えること)はやめるべきだ。自分の道は自分で切り開いていく,というくらいの強さが必要なのだ。そのために,組織を利用する。そういう表現が気に入らなければ,組織とゆるやかなネットワークを結ぶ,といってもよい。  

アインシュタインは「ある人の価値は,その人がどのくらい自分自身から解放されているかということにかかっている」と述べた。組織の中の自分はこうあるべきだ,というがんじがらめの発想から,自分は組織とはこういう風に結びつくほうが自分の力がもっと活かせるのではないか,というゆるやかな発想に切り替えるべきだ。組織も,その個人を「囲い込む」のではなく「解放する」ことによってその力を組織のために振り向けるようにする(解放することにより結びつく,という逆転の発想),ことが大切なのだ。

乱世の時代,組織の再編は避けられない。再編できない組織は崩壊が待ちかまえている。それを乗り切るための一つの対策が「囲い込み」から個人を解放し,個人を確立させること,そして,確立した個人を組織に結びつけること(ゆるやかなネットワーク結合しかない)。組織を営む者にとっても,その組織に属する個人にとっても,それが最大の優先課題なのである。

(平成15年2月1日)