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仕事とは整理なり

仕事とは,平凡なことの積み重ねである。仕事を始めたときのことを思い出してみる。医者の場合,研修医から始まる。患者から薬が切れそうだ,この検査結果の説明を,と要求される。上級医からあれをやっておけ,この薬を出しておけ,と指示される。看護婦からあれをやってほしい,この指示はどうするの,と急かされる。このような状況は,その後も大きくは変わらない。上級医になったとしても,さらにその上の人から別の仕事の指示が出るのだ。指示されたことができていないと,当然だが,叱責される。つまり,仕事では,いかに日々のルーチンワークを確実にこなしていくかが重要なのである。雑事の処理がきちんとできなければ,仕事をしたことにはならないし,それをできる人がまずは「仕事ができそうだ」という評価の一歩目を踏み出すことができるのだ。顧客からも(医師の場合患者から),上司からも,である。

西村晃氏は著書『情報整理術(成美文庫)』の中で「仕事は整理だ」と述べる。最近,私もつくづくそう思うようになってきた。一つ一つ仕事を片づけていくことが,実は「整理すること」になっている。仕事の整理,モノの整理をすることにより,自分のやるべきこと,やり終えたこと,やり残したことが明らかとなり,次なる戦略を練っていくことになる。つまり,それは西村氏のいう「頭の整理」に他ならない。

学生時代からやりたいことがたくさんあった。「モバイル考」の前書きにも書いたように,医師となってからはますますやりたいことが増えた。やりたいことが増え,仕事が増えると,モノが増え,情報が増え,交際(人脈)が増えてきた。その結果,時間が不足し,モノや情報の整理がつかなくなり,混乱が生じた。それでも仕事は休みなくやってくる。そして,混乱に拍車がかかる…。

このような状況を打開したく,さまざまな整理法の本や時間管理の本を読みあさった。内容はよく理解できた。しかし,現実は本に書かれているようにはうまくいかないのだ。仕事の予定を組んでも緊急事態(患者の急変など)が起こり,予定は滅茶苦茶になる。自分の意志の弱さも手伝って,どうしても物事が予定通りに進まない。酒に誘われればしょうがないと(実は喜んで?)付いていく。そうしているうちに,時間だけが進んでいった。

最近になって,ようやくこれらの整理がつくようになってきた。情報,時間,人脈,そして仕事。いずれも整理することの重要性をようやく認識できるようになってきたのだ。

ここでは,これまでに私が得てきたものを紹介しながら,どうすれば目の前に山積した仕事を整理することができるのか,ということを考えてみたい。

●情報の整理

1.整理すべきはアウトプットに役立つ情報

どの情報整理に関する本にも書かれていることだが,「アウトプットに役立たなければ,情報とは言えない」ということだ。私の立場でいえば,いくら新しい医学情報を得ても,それが実際の臨床現場や学会発表,論文発表に役立たなければ,意味がない情報なのだ。

よくあることだが,目の前を通った情報(論文など)がいつかは役に立つかもしれない,とせっせと収集したり,パソコン上でデータベースを作って管理したりする。私も何度となく経験済みだ。それに意味がないとは言わない。でも「いつかは…」と思って集めたことが,本当に役だったことはない。役立つ情報は,必要なときに集めたものばかりだ。患者の診断や治療に困ったとき,集めた文献や情報。原稿を書かねばならないときに集めた資料。本当に役立っているのはこういった情報だけだ。つまり,情報を求める方が主体的になり,自分の都合に合わせて集め,整理したときに,初めて生きた情報となっていくのだ。何らかのアウトプットに役立つ情報,それを活用し,整理していくことが重要なのである。

2.インターネット上の情報はすべて役立つか?〜アウトプットに応じた情報入手と整理〜

医学関係の論文の検索する際によく利用されるのが "PubMed" という検索サイトだ。なるほど,使ってみるとかなり便利だ。だが,ここで検索された論文すべてが自分の目的に有用かというと決してそういうことはない。キーワード検索で掛かってくる論文の数はかなり多い。これを全部ダウンロードあるいは取り寄せていたら,先に書いたように,論文収集という手段が目的になりかねない。数多くの論文の中から,そこに掲載されている abstract をざっと読み流し,自分に本当に必要な論文(情報)を引っ張ってこなければならないのだ。

どんな論文(情報)が役立つ情報なのか。それを見分けるコツは,自分で何度もその作業を経験して得ていくしかない。残念ながら,そのための簡単な方法はないのだ。

さらに,問題なのは,集めた論文(情報)を整理することが難しいということだ。整理法に王道はない。自分のスタイルやアウトプットのテーマに合わせて,分類し,整理するしかないように思う。私の現在の整理法は,アウトプット(学会発表,論文,原稿,患者の診断や治療に必要なもの)のテーマに応じて行っている。というより,レターケースや紙袋の中にぶち込んでいると言ったほうが正確かもしれない。整理法の本は参考にはなるが,それが自分のスタイルにマッチするか否かは,やってみなければわからないのだ。いろいろな整理法の本を読み,それをすべて試した私でさえ,こればかりは今も試行錯誤の毎日なのである。

3.情報の分類

情報の分類ほど難しいものはない。たとえば,「肺炎の起炎菌」についての論文を分類して保存しようとすると,呼吸器疾患,感染症,微生物学,診断学など一つの情報がいくつものカテゴリーを持っているので,分類に悩む。意を決してあるカテゴリーに分類したものの,しばらくするとどのカテゴリーに保存したのかわからなくなり,いざ必要なときに探し出すのに時間がかかることになる。探すのに時間がかかっては元も子もないというわけで,検索に便利なコンピュータを利用するためにデータベースを作成するというアイディアが浮かぶ。なるほど,これは便利だ。しかし,やってみたらすぐに気付くが,そのデータを入力するのに時間がかかるし,面倒になってくる。面倒だから続くはずもなく,結局は最初の状態に戻るのである。

目から鱗のアイディアを出したのが,野口悠紀雄氏の紙袋に入れてそれを経時的に並べればよい,という『「超」整理法(中公新書)』だった。私もすぐにそれに飛びついてやってみた。だが,うまくいかないのだ。過去にそのテーマを設定したものの,それさえも忘れてしまって,いくつも袋ができてしまったりする(それだけ重要ではない情報だったのかもしれないが)。

だから,分類して整理するということは本当に難しい。先にも述べたように,最近はアウトプットのテーマに応じて分類している。個人レベルでのアウトプットのテーマというのは,共通部分が多いということに気づいたからだ。私の場合は,呼吸器感染症。テーマが市中肺炎であったり,院内肺炎であったり,その起炎微生物であったり,治療に関することであったり,だ。同じ資料を何度か使用することもあるが,テーマの設定に応じて資料をどういう分け方をするかで,情報の生き方に差が出てくる。通常の固定したカテゴリー(例えば「市中肺炎」)では,別のテーマの際にはすばらしい情報も死蔵することもあり得る。情報をシャッフルして,その都度(自分なりの)新しいカテゴリーを作ることも必要なのだ。

これが私が最近になって学んだことである。まさに,「固定は死なり」なのだ。


●机の整理

他人の机上が常にきれいに保たれているのを見るたびに,自分のずぼらさを嘆きたくなる。自分の机上は,きれいにしたとしても,しばらくするとエントロピーが増大した状態になるのである。そのエントロピーを下げるためには,それなりの工夫が必要であることに気づいた。どの整理法の本にも,机上の乱雑さはその持ち主の頭や仕事の整理がついていない証左,よって机上は整理せよ(きれいにせよ),とある。まさに,その通りなのであり,私もそのようにしたい。だが,どの本も,整理せよ,とは書いてあるが,どのように整理したらよいか,という具体的な方法論が見あたらない。いったい,その本の著者たちはどのように机上を整理しているのだろうか。次から次へと流れ込んでくる大量の書類をどんな風に整理しているのだろう?

その疑問に答えてくれたのが,野口悠紀雄氏の『「超」整理法3』(中公新書)である。野口氏も私が先述したような疑問と同じ様なことを述べている。私と異なるのは,それに対する回答を見いだしたことだ。現在のところ,私自身もそれに習って,自分に合うように若干修正した整理法を採っている。それを紹介しよう。

1.書類の整理

野口氏曰く,現代の仕事の本質は「フロー(流れ)の制御」にあるという。詳細は『「超」整理法3』を読んでいただくとして,毎日大量の書類が押し寄せているのが現実である。このような書類を机上に置き始めると,あっという間に机上が書類の山と化すのである。そのうち,必要な書類が何処へ行ったのかわからなくなってしまって右往左往することになるのは容易に想像がつく。私は医局長の仕事を請け負ってから,流れ込んでくる書類の多さに辟易してしまった。ほとんどがどうでもいいような事務連絡文書なのだ(*1)。これでは自分の仕事と事務連絡文書が入り交じってしまい,机上はまさしくゴミの山となってしまうのである。私はこれを非常に怖れた(なのに,そうなりつつある)。そこで,『「超」整理法3』を参考にして,次のような書類整理法を採った。原則は「机上に書類を置くな!」である。

1)事務書類
まず,入り込んできた書類はすべて机上とは別のところで受ける。私の場合,医局長席という他の医局員より比較的スペースのある場所をいただいているので(*2),前から転がっていた2段式の棚(写真)の上段をその受け皿にした。そこを見れば,新規書類のありなしがすぐにわかる。手の空いた時にその処理をすればよい。

問題はその後にあるのだ。モノの本には処理し終わった書類はすぐに片づけて整理せよ,とある。しかし,すべての書類がすぐに片が付くわけではない。保留になるのもあるし,数日かかるのもあるし,終わってしまうものも出てくる。書類によって時差があるのに,それぞれの書類の行き場所がないのである。だから,その辺りにポンと放り投げることになる。一番手頃な場所は机上だ。よって,机上は書類の山と化す…。

それを避けるために,まず「バッファー」を作る。つまり,書類を一時的に保存する場所を作るのだ。私の場合,手を染めた事務所類はクリアホルダーに入れて,先ほどの2段棚の下段に置く。なぜ,クリアホルダーか。そのような書類は「すぐにアクセスできて,しかも目に留まらなければならない」という原則があるからである(『「超」整理法3』)。その原則は私の経験からも納得できる。つまり,その棚の下段にあるのは処理中の事務所類であるということ,そしてどんな事務所類であるか,ということもすぐにわかる。この効果は大きい。それによって,書類処理が非常に早くできるようになった。自分の仕事のための時間を確保するためにも,つまらぬ雑務はさっさと終えることが大切だ。

しかし,問題はまだ残されている。処理し終えた事務所類をどのように整理すべきか。提出すべき書類はもちろん直ぐさま提出し,目の前から抹殺してしまう。問題は,処理し終えた書類がすぐには捨てられないということである。マーフィーの法則にもあるように,捨てたばかりの書類がすぐに必要になることが多い。上司から「あの書類はどうした?」なんて尋ねられたら目も当てられない。だから,捨てるに捨てられない。しかし,捨てなければまたしても机上がどうでもよい書類の山と化す。

そこで,『「超」整理法3』では「破棄バッファー」を作ることを提唱している。つまり,「済みフォルダ」という入れ物を作って,その中に処理済み書類を入れてしまうのだ。その済みフォルダには雑誌や書類等が送付されてくるときの使用済み角2号封筒を用いている。その済みフォルダーを本棚にたてておくのだ。やってみればわかるが,場所をそれほど取ることはない。捨てることを気にしなくてよいのだ。後で必要になればその封筒の中にある,というそれだけで随分と気が楽になった。もちろん,数ヶ月分も貯まると邪魔になることもあるので,定期的に処分する。私は済みフォルダを段ボール箱の中にいれ,3ヶ月間は保存するようにしている(*3)。

2)自分の仕事の書類
自分の仕事書類の整理法となると千差万別だし,個人の好みも絡んでくるので,どれがより正しいとは言えない。私の場合,「書類を机上に置かない」という原則を守るために,次のような方法を採った。そこにはやはり「バッファー」が要る。

私の仕事書類には,文献のコピー,学術雑誌,書きかけの論文や原稿およびその資料,医学書などがある(*4)。これらの書類がいっぺんに机上に置かれた場合は悲劇が生じる。置いた書類が悲劇になるのではない。その書類が何処にあるのかがわからなくなったりするのはまだましで(机上を探せばよいのだから),最悪なのは自分が何をすべきなのかがわからなくなってしまうことだ。

仕事をする時は,その仕事に関係のある書類だけを机上に置くようにしたい。今すぐやる仕事とは関係のない仕事書類はどのようなものであれ,とりあえず片づけてしまう。その時には,ある仕事に関係する書類はすべてひとつにまとめておく。私の場合,原稿や学会発表に関係する書類やデータは一つのレターケースに入れている。やりかけの仕事はクリアフォルダーに入れて,トレイへ。それ以外のものは,紙袋やフォルダーに入れ,本棚に入れておく。最近やり終えた仕事はすべて本棚にあることになる。

3)その他の雑書類
たとえば,学会参加証明書(*5),あるいは領収書など。この書類の問題は,大きさや形が不定形であるということだ。大きさが小さいので,ついつい引き出しの中や机周囲に放っておいてしまって,紛失することもある。整理のポイントは他の書類と同じ大きさにして保存することだ。私の場合,A4サイズのクリアファイルに入れ,保存している。A4用紙に張り付け,綴じる方法もあるだろう(*6)。


*1 これを作成する事務部には申し訳ないが,本当にそうなのだ。なぜ,このように大量の無用の紙を配布しなければならないのだろう。このインターネットやイントラネットが行き渡っている時代にである。欧米ではすでにイントラネットや電子メールでの通知が当たり前である。配布されるほとんどの書類は数日後にはゴミ箱行きとなる。環境保全を訴えて質の悪い再生紙を強制的に導入した割には,ゴミを大量に生産しているという矛盾した発想が理解できない。もっとも,最近,メールアドレスを登録しておけば一部の事務連絡(助成金応募のお知らせなど)が電子メールで届くようになったことはわずかではあるが進歩である。自分と無関係だと思えば簡単に削除すればよい。ちなみに,医局長の私が通達する(どうでもいいような)事務連絡の多くは電子メールを使用している。

*2 これが医局長の唯一のメリットだと,最近思うようになった。いや,一つでも自分にとってのメリットがあれば,気分的に救われる。

*3 3ヶ月という数字には根拠があるわけではない。1ヶ月前の書類でも探すことは稀であるので,3ヶ月も保存しておけば十分であろう,と考えただけのことである。それ以上となると,保存場所の問題が生じてくる。段ボール箱の中に入れるのは,済んだものが本棚に立っていると目障りだから。今使用している済みフォルダのみを本棚に立ててある。

*4 論文の別刷や出版社から送られてくる種々の冊子,製品紹介パンフレット(その多くは医薬品)などもある。

*5 学会認定医・専門医の更新に必要になる。この参加証明書の扱いはやっかいだ。

*6 これをやったこともあるが,貼り付ける作業が面倒になったので,私は現在採用していない。


●時間の整理
<黒川康正:『勝てる仕事術』(KKロングセラーズ,2000)>
 重要度と集中度
 同時並行処理:リスト志向>>スケジュール志向
 自分に問題意識を植え付けるには早めに種を蒔く


●人脈の整理


●モノの整理


●仕事の整理とは…頭の整理!?



(平成14年6月9日)